◆ 歯科技工士の厳しい実態
- 卒後5年以内の若い歯科技工士の離職率が約8割と異常な状態。
- その原因は歯科技工士の異常な超長時間労働・低賃金が原因。
◆ 歯科技工士のブラック産業化の原因
ハッキリしていることは、歯科技工料金が異常な低料金であり、適正な価格となっていないことが歯科技工問題を引き起こしている根幹であることだ。
しかし、低料金に至る理由を個々個別の問題と考える場合が多い。
例えば、「大手技工所がダンピングを推進している」や「自由競争だから仕方がない」、「技術を習得すればよい」、「歯医者が悪い」など様々だ。
このように、低料金に至る理由を上げるとキリがない。だが、簡単に2つに絞るとしたら
- 技工所間のダンピング競争
- 歯科医からの値下げ圧力
という2つが絶妙にかみ合うことにより、ダンピングに歯止めが効かない状況となっているということであろう。
◆根本的な問題は「仕組み」
そして、歯科医と外注技工の歯科技工士(所)との取引は「自由競争・市場価格」ということがよく聞かれる。
私は、この「自由競争・市場価格」という言葉を聞くたびに腹が立つ。理由は口にする者のほとんどが自由競争・市場原理の下で商売を行ったことがない者たちだからだ。
経験もない者がイメージで議論するのでチンプンカンプンな話になる。私たちの様に実際に様々な商売を自由競争・市場原理の下で行えば、簡単に「そもそもの仕組み上の欠陥」を感じることができる。
だが、なかなかそうもいかないと思うので、記事にして伝えたい。根本は仕組み上の問題だ。
目次
歯科技工料金は下がるマインドにしか働かない
そもそも保険でおこなう歯科治療は、公的保険制度のもと保険点数で決められており、全国一律の公定価格である。
そのため、入れ歯や冠(被せ物)なども保険治療でおこなえば、患者さんの窓口負担も全国一律である。
では、なぜ公定価格であるはずの歯科医療の技工料金はダンピング競争や、値下げ圧力といった問題が生じ、適正価格の義歯と安物義歯が存在するのか?
その理由は、公定価格として入るのは歯科診療所までで、そこから技工所に委託する場合は市場価格(歯科医と歯科技工士(所)の間で自由に決めることができる価格)となる仕組みであるからである。
歯科技工料金が決定するまでの流れはこんな感じ
- BtoG=企業対公的機関の取引
- BtoB=企業対企業の取引
- BtoC=企業対消費者の取引
患者さんは、全国一律で同じ保険料、同じ治療費を支払っている。 だが、無理矢理「市場原理」を医療に持ち込むことで、歯科医療の質の担保に必要とされる歯科技工料金を大幅に下回る安物義歯を患者に提供できる仕組みとなっている。 しかし、患者さんからするとこの制度では、知らないところで不当に安い歯科技工物が口に放り込まれているのでたまったものではない。
7:3大臣告示
だが、国は1988年に歯科技工料金に関するルールを示している。
歯科技工物の料金は歯科医院に入った点数の7割を技工士。3割を管理料として歯科医院。という技工料金の目安となる「7:3大臣告示」というものを出している。
しかしこの「7:3大臣告示」というものが話をややこしくしているだけのもので、特に法的拘束力もない。そのうえ全くと言って良いほどに機能していない。
「7:3大臣告示」は歯科保険点数の決定要因
また、今ではこの「7:3大臣告示」は、公定価格である保険点数の決定要因となっている。市場価格である技工料金を2年に一度国が調査(技工料調査・非公開)し、その調査結果を基礎資料とし、調査から得た技工料金を7割とするためである。
この仕組みを説明するのは非常に難しい。訳が分からないため、図で示すとこんな感じだ。
7:3大臣告示のまとめ
「7:3大臣告示」を含め、歯科の保険点数の決定要因の特徴を簡単にまとめると以下の通りになる。
➀歯科医から技工士(所)への委託を円滑に実施するため、国として標準的な割合を示したもの ②市場価格である技工料を保険点数の決定要因として参考にしている
- 上記の①については全く機能していない。7:3ではなく3:7でもおかしくない。
- ②については、おそらく後付けで無理やり旧厚生省と日本歯科医師会が描いた無理なロジックであろう。
何故こんな「7:3大臣告示」というバカげた方法を実施したのかは、当時のバカ共に聞いてみないと分からないが、少なくとも私は関係ないので、後世にまで迷惑をかけているバカたちであることは自覚していただかないと困る。
7:3大臣告示は長く議論されているので、この大臣告示での解決は不可能であろう。だが、残念ながら現状はこの大臣告示のみが国が示した唯一のルールだ。
なので、一応、修正で活用できるものとするのであればこんな感じかな?と思うことや、7:3大臣告示の詳しい説明は別記事で紹介する。
歯科技工士(所)の仕組上の問題
ここまで書いた中で、7:3大臣告示は全く機能もしていなければ、これから期待でいるものでもないが、唯一のルールであることは確かだ。
そのことも含めて、ここからは本題である仕組上の問題を示したい。
現行システムの特徴・課題
【特徴】
◎市場価格である技工料が基準となり公定価格(保険点数)が決定するというロジック。
◎基本的に技工料、保険点数ともに下がるマインドにしか働かないシステムである。
【課題】
◎組織として7:3を守ろうとすることは独占禁止法に抵触するらしい。
◎市場技工価格のみが保険点数決定の数字的根拠とされている。
- 労働実態(日技の実態調査で把握)は、点数決定要因とは関連性が無い。
- 技術力や、技工物の質・安全性は、点数決定要因とは関連性が無い。
◎技工料調査は非公開である。(本当にこのシステムなのかは確認できない)
◎技工料金が上がれば、天井なしに点数が上がるシステム。(あまり考えられないが)
原価計算・積算が基本
現行のシステムに課題があることは明らかだ。だが、具体的にどうしたら良いかと言われると非常に難しい問題である。
多くの方は、どのようにしたら適正価格の技工料が歯科技工士に支払われるようにできるかというテクニカルな話に進みがちだ。(例えば、「7:3大臣告示の遵守」や「歯科技工士による直接請求(公定価格化)」など)
しかし、テクニカルな問題よりもっと根本的問題がある。
歯科保険点数の決定プロセス
それは、歯科医療報酬の全ての原資である歯科保険点数の決定プロセスだ。そして、その歯科保険点数の決定プロセスに歯科技工料金は大きく関係していることだ。
そこで、歯科技工料金や歯科保険点数の決定プロセスにおいて、明らかに異常な点を示したい。
- 市場の歯科技工価格が実際に保険点数に反映されているのかを確認できない。
- 歯科技工士の労働実態が全く反映されていない。
- 保険点数は公定価格であるにも関わらず、積算により算出されていない。設計労務単価などもない。
原価計算や積算がどういったものかを説明する。厚生労働省は歯科技工物はモノであり、モノとして考えている。と明確に説明している。
要するに、歯科技工の歯科医療サービスにおいての位置付けは、サービス業ではなく製造(モノ)という考えであるということだ。(この記事では、歯科技工が医療か製造かといった話は割愛させていただく)
歯科技工物(モノ)であれば原価計算や積算
そこで、原価計算や積算というものがどういったものかを簡単に説明する。
モノの見積もりであったり、公共工事というものの値段はすべてが積算(たし算)で決まる。積算以外で決まるモノは無い。
ここが最も重要なポイントだ。
もし、歯科技工に関わる保険点数以外のモノで、積算以外で価格が決定するモノがあれば教えていただきたい。歯科技工は医療だから特別ということではない。薬価も積算で決まる。
現段階で私が必要と考える具体的な方法を簡単に以下に示す。
公共工事は積算
分かりやすい比較は公共工事とだ。公共工事はほとんどの場合、一般競争入札によって価格が決定する。
一般競争入札は、最低価格落札方式と総合評価落札方式がある。最低価格落札方式では、国が定めた予定価格の制限の範囲内で最低の価格を もって申込みをした者を落札者とする方式。
国が定めた予定価格は当然、積算によって算出されたものだ。そして、最低価格以下で入札があっても落札されることはない。その理由は、不当に安い価格での落札では質と安全性が担保できないからだ。
公共工事 農林水産省及び国土交通省(以下「二省」)では、毎年、公共工事に従事する労働者の県別賃金を職種ごとに調査し、その調査結果に基づいて公共工事の積算に用いる「公共工事設計労務単価」を決定しているが、この調査を「公共事業労務費調査」という。
この調査は、調査月に調査対象となった公共工事に従事した建設労働者の賃金について、労働基準法に基づく「賃金台帳」から調査票へ転記することにより賃金の支払い実態を調べるもので、昭和45年から毎年定期的に実施されている。(国土交通省から)
詳しくは国土交通省のホームページを見ればわかる。
歯科医療は公益事業
公共工事というよりは、歯科医療は公益性が高いので公益事業といえる。
なので、本来は公共工事と同じく公定価格である歯科保険点数は
①積算によって歯科技工料金が算出され、
②その価格を元に歯科保険点数が決定され、
③適正価格が製作者(歯科技工士)に分配されるようにし、
④実態を把握し、技術継承などを考慮し、積算により技工料を算出する。
というサイクルが必要だ。
何度も言うが、モノの価格は積算でしか算出できない。公共工事に限らず、市販されているペットボトル水でも同じだ。水の原価などは大した額ではない。
- ペットボトルの容器やキャップ代
- 容器のラベルやインク代
- 製造工場や人件費
などを、たし算で算出したのが販売価格だ。例え水道水をペットボトル詰めして販売しようとしても設備投資費はバカにならない。
どれだけ議論してもモノの価格は積算でしか算出できないのだ。
歯科技工価格は引き算
そこで歯科技工価格の決定プロセスを考えていただきたい。何の根拠もなく決定された歯科保険点数から、歯科医の取分が自由に搾取された残りが歯科技工価格となる引き算だ。
こんな算出方法なのは歯科技工だけだ。
そして、この根本的な異常性を理解しないままに、歯科技工は「自由競争」や「市場価格」などという話をするので、全くチンプンカンプンな議論となる。
そもそも積算という価格決定プロセスを理解できなければ話にならない。積算という原理原則があり、はじめて「自由競争」の話ができる。「自由競争」の話はそれからだ。
取引にはルールがある
また、世の中のBtoB(企業対企業の取引)には取引ルールがある。「自由競争」はルールの下での自由競争だ。何でもありということではない。
歯科技工の価格が異常な低価格となるもう一つの要因は、一般的な「自由競争」にはあるはずの取引ルールが無いことだ。
そこで、公共工事と歯科医療との違いを比較する。
歯科保険点数(厚労省) | 公共工事(国交省・農水省) |
保険点数の決定プロセス
【特徴】
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入札予定価格の決定プロセス (一般競争入札)
【特徴】
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委託技工に関わる取引ルール
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下請け委託に関わる取引ルール 基本的に書面での契約(建設業法)
3年以下の懲役または300万円以下の罰 |
質・安全性の向上、担い手不足の解消に資する施策
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質・安全性の向上、担い手不足の解消に資する施策
〇総合評価方式 工期、機能、安全性等の価格以外の要素を総合的に審査し、最も評価の高い者を落札者とする制度。 ☆公契約条例 行政からの、適正な委託費→適正な賃金・労働条件→質の高い公共サービスの好循環を生み出す施策 |
次に、公共工事と比較し課題を上げる。
公定価格、決定プロセスの課題 |
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委託に関するルールの課題 |
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質と安全性の向上に対する課題 |
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取引ルールというと下請法がある。下請法はほとんどの業種に適用され、違反した場合はペナルティーが課せられる。委託技工との比較は以下の通り。
4つの義務(下請法) | ほとんどの業種 | 委託技工 |
①書面の交付義務 | ①②の違反行為には罰則あり。
(50万円以下の罰金)
①~⑮の違反行為があると疑われる場合
報告をしない。虚偽の報告をした。 立入検査を拒む、妨げる。 場合(50万円の罰則) 違反事実が認められた場合、指導や勧告がなされる場合がある。 勧告は全件公開される。そのことにより、レピュテーション低下。 |
無し |
②書類の作成・保存義務 | ||
③支払期日を定める義務 | ||
④遅延利息の支払義務 | ||
11の禁止事項 |
||
⑤受領拒否 | ||
⑥下請代金の支払延長 | ||
⑦下請代金の減額 | ||
⑧返品 | ||
⑨買いたたき | ||
⑩購入・利用強制 | ||
⑪報復処置 | ||
⑫支払原材料対価の早期決済 | ||
⑬割引困難手形の交付 | ||
⑭経済上の利益の提供要請 | ||
⑮給付内容の変更・やり直し |
取引ルールが無い
既にお分かりかと思うが、歯科医は建設業で言う「元請け」にあたる位置付けだ。
ただ、建設業と違うのは、基本的に歯科医は直接、歯科技工士に依頼する。建設業の様に多重下請け構造ではない。
にもかかわらず、取引ルールが無いのだ。なので、再製作はタダなのだ。例えば、家が建ってから「なんかイメージと違うから、もう一回やり直して」と頼んでも、タダで再建築されることは無い。職人さんが自腹を切って建直すことも無い。
よく、歯科医師は患者さんと訴訟問題に発展した場合などの責任を負っている。という話を聞くが、これは歯科技工士には全く関係ない。その訴訟は患者さんと歯科医師の間の問題で、その原因が歯科技工士にあるのであれば、歯科医師が技工士を訴えればよいだけの話だ。
そもそも歯科技工士が原因ということすらあり得ない。歯科医師がそこまで強い責任感の持ち主であれば、再生料金くらいはそもそも支払うであろう。
歯科技工料の積算価格
では、歯科技工価格を積算により算出するといくらになるのかということとなる。
参考にできる資料は少ないが、2005年に日本歯科技工士会の報告にある「歯科技工原価計算要領」で、積算によって歯科技工料金が専門家によって科学的に算出されている。
ちなみに、この調査ではFMCが8,430円と積算されている。様々な意見はあると思うが、科学的にはクラウン1個を作るのに必要な予算は8,430円ということだ。
現在の保険点数の構成と内訳
先ずは、現在の歯科保険点数の構成と内訳を以下に示す。
右下の黄色の表は「歯科技工原価計算要領」で、積算によって算出された歯科技工費だ。
積算により算出した歯科保険点数
では、上記の黄色の表の部分の原価計算により算出された正しい歯科技工料金をもとに、積算により歯科保険点数を算出する。
厚労省が何故かこだわり続ける7:3大臣告示のロジックに従い、上記の図にある
- インレー複雑(大臼歯パラ)
- FMC(大臼歯パラ)
- 硬質レジン前装冠
を、歯科技工量7:管理料3とすると以下のような保険点数となる。
積算の歯科技工料金をもとに算出した保険点数の一覧
他の歯科技工関連の保険点数も算出してみると、以下のような保険点数となる。
※厚労省は、「歯科技工価格を基準に保険点数を決定する」というロジックは崩していない。そのため、積算によって算出された技工料をもとに歯科保険点数を決定することは、本来の姿といえる。
というか、この方法以外で歯科保険点数を決定することには何の根拠はない。
歯科保険点数の決定プロセス
ここまで見てきたように、歯科保険点数は決定プロセスそのものに問題がある。
そして、この決定プロセスにおいて根本的な問題が、歯科技工費が積算によって算出されていないことだ。
異常に安い歯科技工料金は、歯科技工士の卒後5年以内の離職率が約8割であったり、超長時間労働、低賃金といったブラック産業化などの問題を招いている原因だ。
そして、この歯科技工価格の低価格化は、
- 歯科医師の値下げ圧力
- 歯科技工所間のダンピング競争
- その双方の思惑が合致して歯止めが効かなくなった状態
などの理由は当然あるが、根本的な理由は仕組み上の欠陥だ。
「出来る」、「出来ない」は別として、歯科技工価格と歯科保険点数の決定プロセスが以下のような正常な形へと変わらない限りは、日々まじめに技工物の製作に励む歯科技工士が適正な評価を得ることはない。
1、労務単価をもとに積算で算出された歯科技工費の開示
2、積算技工料を基準に歯科補綴関連の点数を決定
3、歯科医から歯科技工士(所)への委託ルールを創設・遵守
4、歯科技工料金の市場価格と実態を調査
5、実態・積算をもとに保険点数を決定、分析、施策の立案
厚生労働省の仕事は?
当然、このすべては国(厚生労働省)が行うべきだ。
厚労省は7:3大臣告示からは、新たな施策の立案などハッキリ言って何も仕事をしていない。
それどころか、PDCAサイクル(計画・実行・検証・改善のサイクル)すら実施していない。これだけ歯科技工業界を混乱させたくせに、7:3大臣告示に対する報告・検証なども無い。
適正な歯科保険点数に必要な予算
上記で示した積算の歯科技工料金をもとに算出した保険点数の一覧の①~⑨の現在の合計点数は、原価計算に基づく合計点数に占める割合は、平均59%であった。
従って、積算により算出された適正な歯科技工費を基準とする保険点数にはプラス41%が必要ということとなる。
H24年度の歯科医療費は約2.7兆円であり、歯冠修復及び欠損補綴が歯科医療行為に占める割合は40.5%である。
「平成24年社会医療診療行為別調査の概要」について:から
そのため、平成24年度の歯冠修復及び欠損補綴は約1.1兆円であることから、適正な歯科技工費に必要な新たな予算は、概算で約4500億円であると言える。
そろそろ歯科技工士は気付き、主張すべき
厚生労働省や歯科医師会は、歯科技工士の過重労働と犠牲のもとに歯科医療が維持されていることを十分に理解している。
歯科技工がブラック産業であることも分かっている。確信犯であることは間違いない。
理不尽な扱いをされ、利用され、全くロジックとして成立しない根拠で原資が決められ、現代の奴隷扱いであるにもかかわらず、
その確信犯へ、いつまで「へへ~」と自ら奴隷制度を続けるのか?ケツの穴を舐める役に徹するのか?いつまで「しゃあない」とウジウジ密室で愚痴っているのか?
そろそろ自ら提案し、基本的人権くらいは取戻す勇気を持ってはどうか?
今はもう21世紀だ。
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